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東アジア青年交流プロジェクトのブログ

東アジアとは何か?―民衆中心の東アジアをいかに創るか? 徐勝氏講演録④

③からのつづき

 

 

この二重構造のなかで植民地支配が形成されました。差別の問題というのがよく出てきます。差別の根源は非常に長く、根が深いかもしれませんが、今日におけるさまざまな差別の根源は、文明と野蛮の二元的な世界観から生まれていると思います。ナチスのホロコースト、ユダヤ人だけでなくジプシーや社会主義、共産主義者、あるいは少数者たちに対する虐殺・抹殺というものの背景には優生学的考え方があることはご存知だと思います。この世の中には優れたものと劣ったものが存在する。優れたものが劣ったものを支配するのは当然のことで、劣ったものを抹殺すべきだという考え方が、ナチズムの狂気を生んだといわれますが、ナチズムだけではありません。日本も初期においては不平等条約を西欧列強から強いられ、その不平等条約を解消することが明治外交の最大の課題であったことは皆さんご存知のところです。そのために、最初は中国や朝鮮と連帯して対抗しようというアジア主義の考え方も存在しましたが、結局は文明開化というスローガンのもと、欧化主義、徹底的に西洋文明を学んで、西洋世界に属するんだということで、条約改正を達成しようと考えました。その結果どうなったでしょうか。日本は文明をめざしてまっしぐらに駆け抜けてきました。そして文明と言う考え方によって、朝鮮や台湾や満州を侵略して支配し、植民地化してきたのです。文明に合流するのだと、一生懸命それを目標にして駆け抜けた、しかしその目標自身、すなわち文明自身が、他者の犠牲と支配の上に花咲く、きわめて野蛮な存在だったということを見逃してはならないと思います。

 

 日本の非常に大きな問題は、文明が野蛮であることにいまだ気づいていないことです。野蛮な文明性を継承し、それとの断絶、離脱をまだ果たしていないことが大きな問題だと思います。日本の条約改正はいつなされたかご存知でしょうか。1911年です。1910年、日本が韓国を併合したまさにその翌年なのです。これは非常に象徴的な事件だと思います。もちろん日露戦争を控えた日英同盟とか、いろんな「幸運」もありましたが、一人前に植民地支配をすることによって、西欧帝国主義列強に文明国家として認められたわけです。韓国併合が日本の条約改正の前提であったということが、私は非常に重要なことだと考えています。

 

 反ファシズム戦争といわれる第二次世界大戦を経て、今日においては、アメリカの価値である自由と民主主義、人権という価値が実現しました。そして、民主主義、自由主義市場経済が正義であり、それ以外の自分たちの文明とは違う世界であり、いわゆる人間の範疇に含まれない世界がまだまだ存在しているのだ、というような世界観が今日においても脈々と続いています。象徴的なのは、イラク戦争のとき、アメリカが、キューバのグァンタナモでのアウカエーダという烙印を押された収容者におこなった虐待の数々です。交通・接見権を遮断し、面会もできない手紙も書けないような状況をつくりました。近代の監獄では、あってはならないことです。収容所に関する国際法に反することも言うまでもありませんが、アメリカにとっては、グァンタナモに収容されている人たちは、アメリカ国内法、国際人権法にも該当しない、人間以下の「もの」たちだったのです。中央アジアにおけるアメリカ情報機関の秘密収容所における残虐行為を正当化しようとしました。今日、その問題についてなお十分に解明されたとは言えませんし、このことに対するアメリカの言い訳こそが、この世の中にいまだに文明と野蛮という二元的な世界が存在するという、アメリカの価値観の欺瞞性を自ら露呈していると思います。

 

⑤につづく