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東アジア青年交流プロジェクトのブログ

日中関係と民間交流 鈴木英司氏講演録③

②からのつづき

国交正常化の話。一番大きな問題は戦争状態の終結と台湾問題だった。周が声を荒げて怒ったのもこの場面。日本が台湾と結んだ日華平和条約で戦争終結問題は「処理済み」と主張したことを「中国に対する侮辱」と怒った。そこで大平外務大臣は姫鵬飛外相とじっくり話をするわけです。そして中国側から大平は信頼できるという評価を得る。日本は賠償金5000億ドルを予想していたが(1ドルが360円だった時代)、周は「戦争賠償金を放棄する」と言った。これは毛沢東周恩来の時代だからできた。全国にオルグ隊を派遣して「日本は大事な国、貧乏にさせるな、友好国であるべき」と国民を説得してまわった。どうしても国交正常化をしたかったから戦争被害者のことを想像していなかったと後で張香山氏から聞いた。戦争賠償責任の問題は、80年代後半に全人代で銭其琛外相が「我々は想定していなかった。民間賠償であり国の責任でする話ではない」と発言してから、中国国内でも動きがはじまる。戦後日本の復興にとって、平和憲法で軍事にカネを使わなかったこと、中国が戦争賠償金を放棄したことは大きい。

 国交正常化を運動面で促進させたのは民間交流。周は民間外交で官を動かそうとした。日本で日中友好協会、中国で中日友好協会ができる。日本では総評の労働者と社会党とが日中国交促進運動の大きな推進力になり、経済界の日中国交運動があり、創価学会青年部の全国集会で池田大作さんが日中国交促進宣言を出す。これらが多くの力を与えてLT貿易ができて最後は政治が決めた。日本では田中が提起をして大平が咀嚼をして外務省が実践するという大きな政治主導の流れ。中国では周が指示をして廖承志が分担をして張香山がフォローするという政治の流れ。中国の外交は総体外交で、外交部だけでなく党・文化・経済・軍の部門、安全部、公安部など全部が集まって外交をつくる。そのトップが中央の書記長。目標を決めたら全部門が実践する。リーダー間の信頼関係は非常に重要で、田中と周、周と大平、そして部下どうしの信頼関係が国交正常化に非常に大きく影響した。周は「言必信、行必果」と送り、田中は「信は万事の元」と返した。

 

④へつづく